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最初に3Dプリンターを考案したのは愛知県ゆかりの小玉先生☆
3D・デジタル

最初に3Dプリンターを考案したのは愛知県ゆかりの小玉先生☆

こんにちは、水野歯科クリニックです

小玉先生のインタビューはこちら

3Dプリンターと名古屋大学

3Dプリンターの歴史

3Dプリンターは、ものづくりに変革をもたらしていて、開発競争も過熱していますね。

実は、1980年に名古屋市工業研究所の小玉秀男先生により開発されたのがスタートなんです。

小玉先生のインタビューでは、
『印刷技術の展示会で、新聞印刷用の版下を作る装置に目が止まった。
ガラス板に感光性樹脂を流し、文字などが白抜きされたフィルムをかぶせて紫外線を当てると、
白抜きの部分だけが固まって文字などが浮き出る。
これを輪転機にかけて新聞を印刷する。
帰りのバスの中でひらめいた。あれを何層にも重ねていけば立体ができるはずだ。
 早く実験したいと、会場にとって返し、デモ用の樹脂液の残りを分けてもらった。
好意でもらった樹脂液を固まらせて無駄にしては、とすぐさま実験に取りかかった。
このプロセスは水中で行うのだが、ヒマラヤの山の形で試すと、なんと水中でニョキニョキ山の形ができていた。
次にもっと複雑な形をと、家の模型を作ることにした。建築家が設計図だけでなく実際に形にして見せるのに役立つだろうと思ったからだ。それもできた。中には家具や階段もある。80年2月のことだ。2ヶ月後に特許を出願した。
翌年にかけて、日米の学会誌に論文を投稿し、工作機械メーカーなどに説明し、学会発表もした。

大学院時代にはヒマラヤで巨大な氷河の観測に取り組み、市の研究所に就職してまもなく、今でいう3Dプリンターの特許を出願した。

しかし、全く認められなかったために研究者の道を諦め、以来、
3Dプリンターとは関わりを持たずに弁理士として忙しい日々を過ごしてきた。
今、ようやく余裕ができたので、実際に装置を使いながらこの40年の技術の進歩を見極めたい。』

ちょうど審査請求権が失効した1987年にアメリカのチャック・ハルが3Dプリンターの基本特許を取得し、
世界最大の3Dプリンターの会社である「3D Systems」を創業しました。

インタビューより、
『特に学生に言っていることがあります。何か技術を考えついたとして、ぼろくそに言われると諦めてしまいますよね。
でも、技術って人助けになるんですよ。第三者のため、という意識で改めて考えると、
「今の段階では誇大妄想になる。恥ずかしいから言うのをやめよう」と思わなくなる。
客観的な可能性がある限り、努力しないとその技術で助かるはずの人たちが助からない、という思いを持って、勇気を振り絞ってほしいですね。』

普段使っている3Dプリンターの歴史を知るのは、感慨深いですね。

インプラントや自家歯牙移植、患者様の説明に3Dプリンターを使って、患者様に喜んでいただけて、うれしく思っています。
これからも、精進していきたいと思います!

水野歯科クリニック
薬剤師
水野明里